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あの日から3年

3月11日


あの日から3年。


ちょうど3年前の今日、私は美容院にいた。

散髪を終え帰宅する途中

私の走る車の前後を何十台もの消防車などが走っていた。



何事?


我が家は海から直線1㌔圏内


家に戻ると、町内放送が流れ、
道を走るパトカーや消防車が何か言っている。。


でも。。聞き取れない。。。


TVを付けると、東北で大きな地震があり
太平洋沿岸部の避難勧告が出ていた。

避難勧告。。

ピンとこない。。それがその時の本音だった。


阪神大震災の時と同じように
TVに映し出されていた映像は地震のすごさを物語っていた。

津波が来ています!避難してください!

でもその時はこれほどの津浪なんて想像すらしておらず・・・


しばらくすると、兄からメールが

『お前今どこな?おかんら連れて避難グリーンハイツ(高台)へ行くから
 近くにいるならお前も来い!出かけてるなら気をつけろ!』



兄が避難?

兄の性格状、避難するなんて。。。意外な行動に。。。


ちょっと不安になってきた私。


旦那も仕事でいない。。


『そっち大丈夫? 海から離れた方がいいよ~こっちおいで!』

事の重大さが把握できないまま、チャキ桜を抱えて
ほっぺさんのマンション10階に避難させてもらった。

そして間もなくTVに映し出された津波の映像に。。

震えた。。。


津浪。。


津浪って言葉は知っている。


津浪ってどんな状態の事か知っている。


でもTVに映っている津浪の光景は

私の知っている津浪を遥かに超える恐ろしいものだった。



東北からはるか離れたこの和歌山でも
何隻もの船が転覆した。


実家のすぐ裏が海で、海を相手に商売をしている。

兄たちが避難を決めたのは

当日、おまわりさんが来て

『店を閉めてください!店が営業していると、
 お客さんが事の重大性をわからず海に行ってしまうから
 今すぐ閉めて避難してください!』


って言ったらしい。。



近い将来必ず来る!と言われている南海地震。。

我が家は水没危険区域。。

実家は水没区域。。


いつどこでどうなるかなんて誰にもわからない。

だからこそ、今を大切に生きて行きたい。
                                                                                                                                                                                                  

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